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五稜郭は城ではなく行政機関だった [design]

IMG_0534.jpg函館の五稜郭は明治時代に榎本武揚らが立てこもり、明治政府軍と交戦した場所である。
もともと、城ではなく徳川幕府が蝦夷地を統括する行政機関の建物として建てられたが、平屋の構造でも侵入者を防ぐための工夫が西洋流の城郭技術を取り入れた。例えば、城のように天守閣から四方を見渡すことができないので、五角形の角に見張りを配置して、死角を無くして警備した。掘りも深く掘り、容易には渡れないようにした。ただし、冬になると掘りの水が氷るため、防御力は弱かったようだ。
五稜郭の近くの五稜郭タワーからその全貌が見渡すことができるが、春は桜の名所で綺麗な景色が見ることができるらしい。9月に訪れた時は、紅葉には早く、青々とした木々が見えるだけであったが、その特異な形は印象的であった。

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